王貞治の指導から
ホームランを打つために


                  荒川博 (元読売ジャイアンツ打撃コーチ)



「構え」

バッティングに入る“構えの姿勢”で大切なことは、目で相手(投手)を倒すべく“気”が出ていることです。フォームがどうであるかを考えるのではなく、気迫で相手を圧倒する気持ちで打席に立つことがなにより大切です。なお、“気”とは辞書的な意味では、@物事を認識したり判断したりする心のはたらき、A物事に注意を向ける心、B目に見えないが、天地の間を満たし、生命の根源と考えられているもの、等々と記されていますが、ここでは「ハイレベルの集中力を発揮する源」と理解しておきたいと思います。
 構えでは、“立つ姿勢”がキーポイントです。アゴを引いてやや下を向いている状態で立ち、投手の足元に近いあたりを見るようにするとからだ全体のバランスをよりよく保つことができます。
 そして“一本足打法”で特に特徴的なことは、構えの姿勢でのスタンスが肩幅よりも狭いことです。その理由は、スタンスが広いと足を上げにくくなり、同時に行われるバックスイングでバランスを崩しやすくなるためです。



 「グリップ」

 バットのグリップ(握り)は、両手の第2関節をそろえるように握るのが一般的です。ところが、王選手の場合、上に位置する左手のくるぶしと下に位置する右手の第2関節がそろうように握っています。こうすると、スイングの際に左手の使い方が容易になるという利点があります。
 また、王選手は、フルレングスで握るのではなくグリップエンドから少しあけてバットを握っています。これは長距離バッターでも個人差があるので一般論というわけではありません。彼にとってはバットヘッドを素早く返し鋭いスイングをするために、この握りが最良であったからです。そしてグリップの位置は、胸よりちょっと上で、それより下がらないことが大切です。鋭いダウンスイングをするためです。加えて、左の脇をあけないことも大切です。左脇があくと肩に力が入ってしまうためです。
 私は構えの姿勢ではバットは「耳に近く、耳に近く」ということを言い続けてきました。こうするとバットがからだから離れることなく、鋭いダウンスイングができるからです。



 「立つ位置とスタンス」

 一本足打法と命名された初期の頃、前述した“スタンス”は狭すぎるのではないかとよく言われました。しかし、この打法は、バットの運動量を最高にするために、すなわちホームランを打つために考案されたアイデアです。したがって、この狭いスタンスで足を上げてスムーズに立っていられる姿勢、かつ微動だにしない姿勢をつくらなければなりませんでした。
 バッターズボックス内に立つ位置は、最もキャッチャ―寄りで本塁プレートに近い場所です。こうするとアウトコースのボールが真ん中になり、すべてのストライクゾーンのボールを右方向へプルスイングできるからです。
 また、最後方に立つことにより、ピッチャーからの距離が長くなりボールが遅く感じられるという利点もあります。しかし、よく言われることですが、バッターズボックスの前に立ち、ボールが変化する前に打てという考え方があります。この点については、変化球がそんなに大きく変化するわけでもなく、ある種の錯覚であると私は考えます。




『勝つための野球術・生まれ変わるバッティング』  荒川博・吉村正編著  新星出版社(2001)より抜粋